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ジョナサン・シモンズ 苦闘の末に掴んだ成功

jonathon simmons and pop

ロケッツとスパーズの第6戦、スパーズのカワイ・レナードの欠場を見事に穴埋めしたジョナサン・シモンズ(Jonathon Simmons)。
まだ2年目だが現在27歳の選手。そんな彼の遍歴を紹介した記事

テキサス州ヒューストンで生まれ。16歳の頃、彼は170cmのSGだった。勉学に苦しんでいた彼は高校を退学しようとしていた。(通っていた高校は新入生の40%が進級できていなかったため「ドロップアウト・ファクトリー」と揶揄されていたそう)

しかし身長が2年生のとき191cmまで伸びると南メソジスト大やテキサスA&M大学、マーケット大学から興味を持たれるようになる。しかし勉学の面で苦しんでいたためジュニアカレッジに進むことに。

2008-09シーズン
テキサスのパリ・ジュニアカレッジに進み1年生として12.2ptsの成績を残しオール・カンファレンスチームの名誉を授かる。

2009-10シーズン
テキサスのミッドランド大学に転校してプレーし、13.3ptsの成績を残し再びオールカンファレンスの名誉を授かる。

2010-11シーズン
今度はヒューストン大学に転校するもNCAAのルール(転校生は1年間プレーできない)により欠場。

2011-12シーズン
初めてのNCAAディビジョン1でのシーズンとなったが、個人としても14.7pts、チームも全米ランク8位と好成績を収めた。

2012年7月
シモンズはNBAドラフトに参加したが、指名されることは無かった。

2013年1月
シモンズは新しく立ち上がったアメリカン・バスケットボール・リーグ(ABL)のトライアウトを受けシュガーランド・レジェンズに指名され、16試合で36.5ptsの成績をあげたが、リーグが資金難により中断され、チャンピオンシップも開催されなかった。(ABLは2015シーズンを最後に中断されている)

2013年9月
シモンズはスパーズのDリーグチームである、オースティン・トロズ(現オースティン・スパーズ)のトライアウトを受ける。ちなみにトライアウトを受けるには$150の登録費を払わなくてはいけなかったらしい。

その中からトロズのトレーニングキャンプへの招待を掴み取り、Dリーグの開幕ロスターに残った。Dリーグ1年目は平均23.2minで9.8ptsの成績をあげた。

2014-15シーズン
彼はトロズにいる間でも、家族のため(4人の娘がいる)に夢を諦める事も考えていたらしいが、諦めなかった。Dリーグ2年目にポイントガードとしてプレーした彼はコート上を違う視点で見ることが出来るようになり、選手としてのスキルを解放した。平均15.2pts 4.3reb 3.7astの成績をあげトロズをウェスタン・カンファレンスファイナルに導いた。

トロズのコーチ、ケン・マクドナルドは「1年目の途中、彼には誰にも教えることができない、笑えないような身体能力が備わっている事に気がついた」「2年目に彼がボールスキルとパススキルを改善したとき、彼の夢が本当に叶うのでは、と真剣に思い始めた」と話した。

2015年7月
ベガスでのNBAサマーリーグよりも先にオーランドで行われたNBAサマーリーグにネッツの一員として参加していた彼は移動中のバスでエージェントからの電話を受けた。

エージェントは電話で「ジョン・・・君は今からNBA選手だよ」「いいかい?スパーズが君と2年契約したんだ」と伝えた。

シモンズは「"なんだって!?"って感じだったよ。それしか言えなかった。"ちょっと待ってくれ!なんだって!?"って感じだった。」と当時を振り返った。

その後ベガスで行われたサマーリーグに参加した198cmの彼は、飛び上がってダンクし、ファストブレイクのレイアップをブロックし、クロスオーバーでペイントに切り裂いた。

優勝決定戦では23得点し、MVPを受賞したその二日後、NBA契約が公式に発表された。

シモンズの母、ラトーヤは息子が契約を結ぶと「一晩中泣いていた」そう。

2015年11月
ウォリアーズ戦で念願のNBAデビューを果たした。最初の仕事はステファン・カリーをディフェンスすることだった。

ポポビッチHCはシモンズの成功について「一番重要だったのは彼が決して望みを捨てなかったことだ。彼は彼の義務を果たしたんだ。」と話した。



ジョナサン・シモンズは今季(2016-17シーズン)終了後完全FA。
現在の年俸は$874,636(9944万円)
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